知道中国1604回支那の官吏は賄賂を取る金なくば訴訟するな

樋泉克夫のコラム

知道中国1604回

支那の官吏は賄賂を取る金なくば訴訟するな廣島

廣島高等師範學校滿韓修學旅行記念録非賣品明治40年

朝河の主張の当否は暫く措くとして、やはり日露戦争を戦い抜いた日本にとって満州は二十億の國帑と十萬の英靈が眠る聖域だった。

であればこそ満州問題は日本の国益が最優先され、日清日中関係の範疇で捉えて当然であり、欧米列強が口を差し挟む問題ではない。

満州の取り扱いに関し、日本が敢えて欧米列強に説明し、彼らの考えを忖度するまでもないという立場に立つ。

これに対し欧米列強は日露戦争は日本とロシアの間のではあるが、満州に関わる問題は飽くまでも門戸開放機会均等の立場から議論されるべきであり、

日本による独占的処理は断固として容認できないという姿勢を崩さない。

朝河が記した欧米列強の日本に対する態度を敷衍するなら、清国中国に関わる問題は国際政治、

いわば欧米列強に日本を加えた各国の利害を調整したうえで捉えるべきであり、

長い交流史という特殊事情を勘案したところで、日本一国の思惑や日清日中の両国関係の枠組みで独占的に処理すべきではない、ということになろうか。

21世紀初頭の現在、中国をめぐる問題は過去に較べ飛躍的に複雑になっている。

それというのも、かつて発言権なく列強に処理されるが儘であった中国が国際政治の主要プレーヤーとして自己主張しているからだ。

日中問題を飽くまでも既往の日中関係の枠内で捉えようとする限り、我が国の国益を実現させることは容易ではなく、費用対効果の面からも得策ではない。

偶然に引用した朝河の主張は、考えるなら後に登場することになる植民地全廃論に基づく石橋湛山満州放棄論にも関連するように思う。

日中問題日中関係という小状況の枠内で捉えるべきか。はたまた国際政治の大状況に落とし込んで考えるべきか

この問題は、その後の日本が辿った道を振り返った時いや現在も、そして将来も、やはり詳細に論ずる必要があろうが、後日に譲るとして、いまは広島高師の学生の旅を急ぎたい。

それにしても、読む進むほどに解き明かすべき難題は目の前に堆く積もるばかりどこまで続く泥濘ぞ、である。

一行は奉天を経て清朝開祖を祀る昭陵へ。支那人は一般に本邦人に對しては好意を表しいかなる要求も之に應ずるを常とするが、

日本人を見たら昭陵の門を閉ぢて入るを拒む。それというのも邦人の此に遊ぶもの動もすれば宗廟を穢す動作をなし、殊に甚だしきに至りては落書きするものがあるとのことだ。

事実、日本人の記した落書きが残っているのだから弁解の余地もない。

落書きもまた日本人が沈黙せば自然に消滅すべしというわけではないのだから、やはり恥ずかしい限り。

そこで未来の教師たらんとする広島高等師範学校生徒である。

落書は本邦人の惡習にてそれ?育者たるもの力を盡してこれが矯正を試みずして可ならんやとの決意を記した。

奉天の街を歩き、道路の惡しきは一に車馬の性質によるべく、その不潔なるは排水の不良と青厠の設備無きによる、

されど日本人の入るに及び道路の傍に共同便所設けられ、又巡捕の派出所も見らるに至れり。

商業は頗る繁昌せるもの如しと綴り、法廷と監獄を見学しては一般に町の秩序弛み、法廷の如き、監獄の如き唯名あるに止まる、

しかも法廷の門を潜るやたる額には民之父母を金字にて表せども、此樣にてはと思はるのみ、番人あれどもなきが如しとの感想も残す。

遼陽の関帝廟の傍らの浄土宗教会所で清國人の爲めに小規模の學校を開き普通?育を授け居れる福田闡正から聞いた話を書き留めているが、なんとも凄まじい。

関帝廟といったところで、いまや貧民苦力の塒となり果てた。ある時、1人の苦力が病気になり回復の見込みがなし。

そこで同輩は遂に起つ能はざるを見て其衣服を剥ぎ所有品を奪ひ遂に其屍を野外に放置し犬猫の餌食となしたりとのこと。

クワバラクワバラ。

QED

ひいずみ